奥本めぐみのこんなん思とう

シンガーソングライター&フラメンコカンタオーラ・奥本めぐみの公式サイト
2016.8月よりこちらが公式となりました
それ以前の日記や記録などは http://megumi-okumoto.blog.so-net.ne.jp/

2016年10月

昨年11月に発売しましたソロアルバム【天上の花】レコ発ツアー東北東京編、無事修了しました。


レコーディングメンバーでのツアー。今年初めに関西でもやり、そもそもレコーディング自体もせーの一発で録っているというのもあり、曲は体にもう入っているし、またそれぞれにやり慣れたメンバーということもあってライブでは初日から色々とミラクルが起こりました。ツアーならではの練り上げ感。月なんか見ない、が、だいぶgroovyな仕上がりになったなぁ。

山形フランクロイドライトにて。

荷物の少ない3人の旅は、ちっこいレンタカーでのコトコト旅。全ての行程で超好天!秋深まりつつある東北路も目に楽しく、おしゃべりも食も弾み過ぎ。よく食べよく飲みよく笑ったツアーでした。温泉にも行ったし。百目鬼温泉すんごい効能。



まいこさんはここ3年ほど、笹井は10年近い付き合いですが、笹井と居ると時折"笑いの神"が降臨します。一関から福島への車中で降りた神はその後光の威力が物凄く、未だに思い出し笑い。何かとスムーズなメンバーで、移動も、リハから本番から打ち上げも、朝の起床も、まぁここまで順調に物事進むメンバーというのもなかなか無い気がする。

一関タブラにて。


福島の宿。普通のビジネスホテルなのだがロビーとかランプがとてもいい雰囲気で、従業員の方も皆さんとても親切、ここそこに気遣いの感じられるいい宿だった。

ーーー

最終日、東京の公演を終えての帰路、来てくれた東京の友人がメールをくれた。

"曲が作れて歌が歌えてピアノが弾けて、自分の人生のアルバムが自分で作れる、羨ましかったなぁ"

なるほどね。。。
そんな風に考えたこと無かったな。

一口にミュージシャンと言ってもいろんな仕事の形がある。アルバムの録音に参加することは多くても、じゃあ自分名義のものを出している人、となると確かに限られる。が、自分の周りにはそういう人が多く、出すのが当たり前みたいに思っていたので、改めてそうやって言われると、文字どおりの"アルバム"を作れてこうやってツアー出来るってのは、幸せなことやなぁ、と実感した次第。

来てくださった皆さん
アルバム買って下さった皆さん
山形フランクロイドライト、一関タブラ、福島時代屋、池袋アブソリュートブルー
そして盟友笹井&まいこさん
本当にありがとう。いい旅でした!

次はどんなアルバム作ろかなぁ。



【天上の花】レコ発ツアー東北東京編

・1st
プロローグ〜白い坂のある街
Blue Bird
Chronostasis
雨障み
雪の降る後に。
星降る森

・2nd
砂影の涙滴
月なんか見ない
一羽の鷹
月とブランコ
花の名前
銀の月の下で

・encole
向日葵の続く道〜エピローグ



いよいよ明日明後日、10/14〜15、渋谷セルリアン能楽堂にて平富恵さんのスペイン舞踊団の公演【梁塵秘抄】。本日ゲネプロ、現場の能楽堂。凄い。


後白河上皇が生涯をかけて集め編纂した【梁塵秘抄】は、民衆、遊女や博徒など当時の民たちの口端に歌われた歌"今様"を集めたもの。やっと叶った恋の艶、来ない男を恨む歌、遊女の日常、子供達の遊び歌など、民の心の機微を歌い上げたその言葉には、今と変わらぬ日常が宿っている。

その歌の中から厳選し、その言葉に日本フラメンコカンテ界の雄・石塚隆充さんが全て書き下ろした音曲と、フラメンコとの和合。

今回の公演の概要です、と言って渡された資料には、梁塵秘抄の成り立ちが詳しく記されていた。資料を作ってくださることにも、この公演にかける意気込みを感じる。そこにこんな記述があった。

〜後白河上皇の残した口伝集には、今様の起源や歌い方の技巧などが記されていた。詩文、和歌、書などは書いたものが後世に残るけれども、"声技"は自分の死後は残らない、だから後世の人のため、これまで存在しなかった今様の口伝を作成して残すのだ、と後白河上皇は述べている〜

残したかった言葉、そして、文字にはどうしても書き留められない、音の流れ。

譜面というものに対して毛嫌いとさえ言える嫌悪感を示す人が一定数居る。この間合いは譜面なんかじゃ表せないんだよとか、耳で覚えて!譜面とか書かないでとか。そういう人に限って譜面は読めないのが多いのは何なのか。

楽譜は、言葉では書き落とせない、耳にしか残せない音魂を、何とかして後世に遺そうと先の偉人たちが頭を絞って生み出したものだ。間合いとか微妙な歌い回しまでは書き残せないことくらい、書き手は分かっている。記譜された音たちからそこで何を表したかったのか読み取るのが演奏家の仕事。2,3世紀頃には既に音が記譜された形跡があり、五線譜になるまでにはグレゴリオ聖歌を記すための一本線から四本線へと進化したネウマ譜など、2,000年近い歴史がある。

私は譜面に対しては、音と同じ敬意を常に持っている。それは音に対する歴史であり、今自分を自分足り得るものにしてくれている音への敬意に他ならない。バッハの無伴奏ソナタ、この手書きの楽譜。譜面から音が溢れて、今にも流れてきそうな。楽譜というのは、こういうもの。作り、奏でようとした音楽家の手形。



後白河上皇が伝えようとした当時の日常の生が、21世紀の渋谷に蘇ります。

今回のメンバーは音楽家がみんな本当に手練れで音楽力のある人々ばかり。リハが楽しくて仕方ない。昨日最終リハを終え、いよいよこれから、サウンドチェック、そしてゲネプロ。


明日明後日、お席残りは相当希少なようですが、ぜひお出かけください。





10/7,8と山形は高畠ワイナリーの新酒祭りに呼んでいただきまして、BJDANのお二方と演奏してきました。



ちょっと久しぶりのガチンコJAZZ-FUNK。音楽的にも人の繋がり的にも、私を今の位置まで育ててくれた音楽。超定番のJAZZ-FUNK歌もの半分、あとはオリジナルでしたが、オリジナルが大変に好評でした!曲が終わるちょっと前くらいからわーっと拍手来るの超嬉しかった、CDも沢山売れました。

2日目は生憎の大雨にもかかわらず、傘さして聞いてくださるお客様。ほんと、多謝。です。


BJDAN=BJ笹井克彦(Bs)、吉川弾(Dr)のお二方。笹井はもう長いことあれやこれやと色々やらせてもろてる盟友、最も信頼しているベーシストというより音楽人の1人。弾さんとは、このジャンルやり始めた頃によくセッションでご一緒してましたが、共演はかなり久しぶり。いやーゴキゲンでした!1日目終わってみんなで蕎麦。


優れたミュージシャンはこちらが仕掛ける前に反応してる。脳髄での反射神経。だから互いに昂ぶっていく。

されたことに反応してるのでは遅い、かといって先を読むというのとも違う。空気を感じ取るというか、上手く言えないけど、それも確かな演奏力の上に成り立っているわけで、演奏力、音楽力というものの根本的な大切さをつくづく感じた。

譜面に対する理解、想像力、音を聞く力、共演者を単純に"見る"余裕。

楽しい2日間でした!

高畠ワイナリーのワインは本当に美味で、辛口甘口スパークリングともに芳醇な葡萄の豊かな香り。ワイン、というより"葡萄酒"と呼びたい味わい。

その貴腐ワインを使ったソフトクリームは、もうたまらんでした。はぁーもっかい食べたい。



ちなみに2日目、わたくしたちの後は、ミーちゃんでしたピンクレディ。

わーたしピンクのサウスポ〜〜♪
生歌、初体験。
流石にお綺麗な方でした。

高畠ワイナリー、ほんとに素敵なワイナリーです、ショップも超充実!また来年も行きたいなぁ。みなさんありがとう!

朝早く起きて、今日から2日間、山形は高畠ワイナリーでの新酒祭りイベントに歌いに。

山形新幹線で向かう車中、ふと信号待ちで止まった傍、ずいぶん前に廃止になったであろう駅のホーム。
なんて言う名前の駅やったんかな。ところどころ欠けたホームのタイル、錆び付いた殆ど高さのないフェンスの向こうには、のどかな田舎のおうちがすぐそばに。

もう駅名表示の看板すら撤去されて、ただプラットホームを残すだけの駅。そこから乗り、そこで降りる人々、最後の電車、物語が浮かぶ。

駅。残照。秋の1日。

駅と言えばこれでしょう。
色んな人歌ってるけど、中森明菜さんのこれが好き。名唱。


通り過ぎたその駅の名前。
このネット社会なら調べればすぐ分かるんだろうけど調べない。

どうか誰も
教えないでください。


母親からわざわざ手紙が来たので何事かと思って開けてみたら、先日街開きした我が故郷(と言い切る!)十三はションベン横丁の復興記事。

あかん、こんなん、泣くーー!(/ _ ; )
   
2014年3月7日。朝。仕事に向かう途中で極悪カルテットの澤田さんからメール。火事大丈夫?と一言。
   
え????
   
何が????
  
と振り返ると家の向こう方向に物凄い煙、そういえば朝早くからけたたましく消防車が大量に出て行ったけど、消防署のごく近所に住んでてそんなのは日常茶飯事だったので、気にも留めてなかった。まだ冬だったので、出かける前にベランダに出たりもしてなくて、煙にも気付かなかった。

仕事場についてネットを検索すると出るわ出るわ十三の火事の投稿、もう気が気でなかった。行きつけのお店が何軒もあった。

帰宅して焼け跡を見に行く、ほんまに涙が出た。死傷者がいなかったのだけが幸いだったものの、これからどうなるの、、、と絶望的な気持ちになった。

特にお気に入りの2軒のうち1軒は燃えてしまい、もう一軒は通りの端っこにありギリギリ無事。燃えてしまったお店はその後、驚異的な速さで近くに再びお店を出された。

消防法の問題もあったりで、ここまで来るのに、商店街の方やお店の方々のどれほどの苦労があったか。あぁもう早く行きたい。年末の関西ツアーがますます楽しみになってきた。10日間くらい滞在するので十三通い必至!
というわけでみなさん、十三飲みに行こ!!




↑このページのトップヘ