奥本めぐみのこんなん思とう

シンガーソングライター&フラメンコカンタオーラ・奥本めぐみの公式サイト
2016.8月よりこちらが公式となりました
それ以前の日記や記録などは http://megumi-okumoto.blog.so-net.ne.jp/

継続して何かをやる、ということは不得手ではなくむしろ得意な方だと思うが、その中の一つがアナログ日記。何年も書かない時もあったけど基本的には高校くらいから書いていて一応全部置いてある。引越しの時とかにたまに開いたりするが、昔の文字が見られて面白い。大学の頃の字は小さくて真四角気味で、ああ、この頃は何だか神経質だったんだな、とか。

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3月から日課を設定している。途切れたりしながら今のところ継続中。日課の内容や時間は何度となく改訂しているが、とにかく続けるには無理のない、やり足りないくらいにしておかないと、本当に続かない。

新たに設定したのが「書くこと」で、1日1ブログかアナログ日記のどっちかを15分で書くようにしているのだけど、今日面白いことに気づいた。それは

「今日は何を書こうかなあ。。。」って思うようになったこと。

書かないでいると、書くことが無くてまた書かなくなる。書くことができても、久しぶりにわざわざ書かなくてもな、とか、面倒くさいな、とか。

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書くことが無い=INPUTが無かったから書かない、のではなく、何かを書こうとすると、書くためのINPUTを探しに行く。

創作というのは、INPUTよりもOUTPUTの方が先なのかもしれないな。

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母校の吹奏楽部、県銀(県大会で銀賞)のお知らせを頂く。 

悔しかったやろな。。。。。

顧問の先生が突然変わったりして新体制での初の夏。三年生には最後の夏。

私も入部するタイミングで顧問の先生が変わった。自分は特に顧問の先生に拘りは無かったが前の先生が非常にカリスマ的な方だったこともあり、その先生目当てだった同期や慕っていた先輩達、そして何度もその先生に全国に連れてってもらったOBの諸先輩方とそうでない人の間にまだ何も始まってないのに既に溝があり、音楽だけでも大変なのに人のことがとにかく大変だった。

連日盛り上がりを見せている夏の甲子園も、先生が変わってしばらく出られない年が続くという例を良く見る。そういう学校が出てくると、あの頃のことをリアルに思い出してしまう。

高3の春の大きなイベントに出演した後、言い訳をいっぱい並べて私はリタイアした。人間関係に辟易してしまいもう勘弁してくれと逃げるように辞めたのに、辞めた翌日から激しく後悔した。春から夏までほんの三ヶ月ほどで終わることなのに永遠に終わらないように感じてしまった。思えば当時17歳。まだ17年しか生きてないうちの三ヶ月とこの歳になっての三ヶ月では、人生に占める割合が違いすぎる。

あの頃の未達成感が今でも自分を駆り立てているような気がすることがある。やり切った、とは到底言えない、悔いの残る青春時代。

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勝負事では少ない勝者以外は全員敗者として去る。結果ももちろん大切だけど負けてもやり残さない青春であってほしいし、自分もやり残さない人生でありたいとか思いながら、だらだらテレビ観戦する夏休み2日目。

母校の吹奏楽部の後輩達は、結果はどうあれ、やり切ったのかな。そうであってほしいな。

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昨日。昼仕事の後スペイン語レッスンに行き帰宅、香雪と散歩して風呂入って、さぁこれから短めの夏休み。昨夜は名作と言われる映画を見初めてつまらなくて途中でやめたりとかしてのんびり時間の贅沢。

昼仕事の帰り際。親族のご子息が全国大会でイイとこまで行っててニュースにも出たりしてて明日朝早くから応援に行くという方の話になり、メジャーなスポーツなのでゆくゆくはプロですか?!な話題が出ていて、それを聞いてた方が

「すごいなー、それに比べたら俺、つまらん人生歩んでるなぁー。。。」

人当たりも柔らかく、いつも楽しそうに熱心に仕事をなさってる方なのだが、半分冗談ながらも少し羨ましそうな口ぶり。

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人生の折り返し的年齢に差し掛かり、今年になって初めて、これまであまり考えてこなかった「年齢的なこと」が現実味を帯びて考えざるを得なくなることが多くなった。

私のように日本語でオリジナルの歌を書いて弾いて歌うことをメインにしていると、"それをやる仕事"が来ることは率直に言って無い。"歌の仕事"として需要があるのはパーティやイベントや音の必要な場所で歌うジャズや英語のポップスなんかのカバーもの。イベント関係で日本語でカバーをやることはあっても、そこにオリジナルは不要。インストならばBGMの仕事で何気なく自分のオリジナルを紛れこませることも出来なくはないだろう。でも日本語の歌でましてやオリジナルで、そうは行かない。

オリジナルをぜひやって欲しいと言ってくれる人はもちろん居て、そういう仕事も頂く。でも、「それだけで食える仕事」にはならない。ミュージカル映画"LA LA LAND"を最近見たが激しく同意できる部分がかなり多くあり、主人公のセバスチャンもバーの仕事でクリスマスソングを弾かされて嫌気が差し途中で自分のやりたいfree jazzをやって即クビになる場面があったが、クリスマスにクリスマス気分を味わいに行くレストランなら私だってFree jazzじゃなくてクリスマスソングが聴きたい。

メインの稼業が仕事にならないならこのままダブルワークもやめて音楽も適当にして、昼間の仕事だけに戻った方がぶっちゃけ余程稼げる。どっちも好きなことって言ったって単純に2つ仕事をしているのは時間的体力的にきついことも多く、いくら体力に自信があるとはいえこの調子で何歳までやれるんだという不安。パーティなんかの仕事も若い方の方がもちろん見栄えもするし、今は呼んでもらえていてもいずれ無くなっていくだろう、ならば…と、そんなことももちろん考える。頑張って組んだライブにお客さんがあまり入らなかった日などは、やっぱもういいかな、、と思ったりもする。

でもふと、その昼仕事の方の話を聞いていて。

ちょっと忘れてしまってたな。
化学仕事、音楽仕事、どちらも片方ずつだけやった結果、今のスタイルになったんだった。

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これではダメだ、と思った日のことを今でもはっきり覚えている。歌の仕事で東京に呼ばれて歌った翌日、当時は京都住まいだったが、家に帰っても暇な日だったのでホテルを遅くチェックアウトし東京を散策していると、できたばかりのミッドタウンにたどり着いた。まだその頃は、音楽の仕事だけだった。ライブとレッスンの日々。レッスンでは70人近い生徒を抱え、充実の日々でもあったのだけど。

そこに居る人々、置いてあるもの、店構え、品物、雰囲気。自分がふと、とてもみすぼらしく思えた。いや、ちゃんとした服は着ていたのだが。一般社会と離れ、昼まで寝て夕方のそのそ出かけ、真っ暗なところで歌って、そのまま飲んで朝方帰りの繰り返し。

今作っている歌は一体誰に向けて歌っているのか。そこから余りにかけ離れすぎていないか。まずは朝に起きよう。土日を時々休みにしてみよう。そこから手探りが始まった。

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今のダブルワークが正解なのかどうかは知らない。周りにそんな人も例も無いから孤独の戦い。

自分で決めた人生なら後悔は無いはずとか名言ぽくまことしやかに言う人があるが何を言うか。人生なんてだいたい後悔だらけだ。いくらその時それが最善と思ってたって後から考えたらなんであんなことが最善と思ったんだってコトなんて山ほどある、むしろそんなことばっかりだ。

化学だけの10年、音楽だけの10年、そしてダブルワークで9年。時折迷って、どっちかだけにしたくなる。でも、やっぱりここにたどり着く。

先端のサイエンスに直接触れながら昼間、白衣着て頭使うのが単純に楽しく
最前線で演りあう人々と音を繰り出す夜も、単純に楽しい。

音楽では、これまでは比較的年下の方ばかりと多くやってきたけど、今になって、年上の方とやってみたい。というか、年上の方が今何を考えて、この年齢をどうやってきた乗り越えてきたのか話を聞いてみたい。

こないだ頃からようやく迷いが取れてきた。書く、創るということに意識を向けていると、これまでは通り過ぎていた言葉や風景が引っかかって来る。

このフィルター感を、失っていたのかもしれないな。

さて、短い夏休みは来春リリース予定のXANADU録音の準備とか、甲子園とか、香雪とだらだらとか、花の手入れとか。
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去年ふと思いついて、これ来年蒔いてみようとダメ元で採って置いといた朝顔のタネ。

そして今年、タネから育ててみた。上手くツルも伸びて、早々に咲いたのは青い花。で、ずうっと青い花ばっかり。

青と白の2種類あったはずなのに白い方はタネが付かなかったのかなぁと思っていたら、台風一過の今朝、二輪。

青い方は"富士の紫"。
深い青紫に白い縞が雪を頂いた富士山みたい。

今朝咲いた白は"暁の光"。
花中心が薄い桃色、白む空の朝の太陽のよう。

ネーミングうまいなぁ。

ちなみに朝顔、葉ばかりでしばらく花が付かなかったのだが、肥料のやりすぎだったらしい。

肥料をやりすぎてもやらなさすぎても、いい花は咲かない。
つるが捕まる場所を探して彷徨っていたら、少し導いてやると後は勝手にどんどん伸びて咲く。

朝顔師匠。勉強なります!

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再掲。本日8/8の赤坂ノベンバー11thでのFlamenco-Jazz-Funk Trioのライブは台風13号の接近とそれに伴う交通機関の運休等の影響を鑑み、とても残念ではありますが、中止とさせていただきました。


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昨日夕方の時点での中止決定は判断早すぎかなぁとも思いましたが、何かあってからでは遅いというよりも、今年5月の末に偶然ちょっとした人命救助をして、危機管理ということについて改めて思うことがあったので。


先に結論。

危機管理して、危機が無事管理されると


"何も起こらない"のです。


当たり前なんですけども。

平穏無事は、危機が管理されたから保たれる。


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その5月の、とある出来事。


香雪と近所をお散歩中。踏切で電車の通過待ちをしたあと、踏切が開いて向こうから自転車3台で渡ってきた母子連れ。お母さん→お姉ちゃんの順で渡ってきて踏切真ん中に差し掛かったあたり、私の目の前で一番後ろから少し遅れてきてた妹ちゃんがガチャン!


線路の溝に自転車のタイヤがぴったりハマって自転車ごと転んでしまい、そこへ踏切の警報がかーんかーんかーん…!


妹ちゃんは呆然としてこけたまま、自転車は溝にハマったまま。お母さんとお姉ちゃんは踏切渡ってしまっててまだ気づいてない様子。香雪のリードをちょうど最短に持っていたので香雪にも気をつけながらそのまま自転車を引っ張りあげて、危ないから早く渡ろ、と妹ちゃんを促したところでお母さん気付くも自転車にまだまたがったままであわわわ。


香雪と自転車を引っ張って、妹ちゃんを先に行かせて、遮断機がだいぶ降りてきてるのをくぐって(というか当時は遮断機降り始めて間もないと思ってたけど、後日同じ場所を通って警笛鳴って渡るたびに実はあの時相当遮断機降りてたんだと判明)、自転車、妹ちゃん共に無事脱出。


お母さんあわてて、ごめんなさいごめんなさい!せっかく渡れたのにすみません、ってそんなんどうでもいいし笑 よかったよかった


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妹ちゃんの呆然とした顔が今もまだ頭に残ってる。で助けたあとも、何か不思議な感覚が残ってた。


そのことをFacebookで当時書いたところ


人命救助だけでなく、自転車まで退けたのが素晴らしい


妹ちゃんの命の恩人ですよ!


などのコメントが付いて、残ってた不思議な感覚は、人命救助(えらい大層な…)して無事に終わったんだ、なんなら電車も止めずに終わったんだということと、人命を救助すると結果的になーーんにも起こらずただの日常に戻るんだ、っていう、不思議な"手応えの無さ"


人命救助に手応えがあっては困る。変な話ちょっと怪我しただけで済んだりすると、手応えがあるんだろう。


でも、踏切を無事に抜け、電車も止まらず、誰も怪我せず、そのまま日常に戻る。


危機管理ってこういうことなのか、と。安心安全は危機管理された結果であって、危機管理されているから、何事も起こらない。


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結果的に台風が逸れたり、来るのが遅くなったり或いは早く抜けたりして、ライブは普通に出来たかもしれない。


でも、相当台風が近づく、しかも太平洋渡ってきた大きなヤツがほんとに直撃すると、相当な被害も予想されます。そうでなくても交通機関に影響がかなり予想されるなら、冷静に考えて中止が懸命、という判断は、お店の方もそう言って下さった。


ライブはまたできるし、前日の夜や当日朝になってもまだやきもきするよりすっきり中止にした方が、お客様もお店も演者も予定立てやすいし。


そんなわけで、本日、台風が直撃しないのが一番いいのですが、直撃に備えてどうぞ一日お気をつけてお過ごしくださいませ。


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