奥本めぐみのこんなん思とう

シンガーソングライター&フラメンコカンタオーラ・奥本めぐみの公式サイト
2016.8月よりこちらが公式となりました
それ以前の日記や記録などは http://megumi-okumoto.blog.so-net.ne.jp/

http://www.youtube.com/watch?v=5NEJeUmv2nw

’14.2.27
大阪・ロイヤルホースにて

奥本めぐみ Vo/Key
大儀見元 Perc
伊藤志宏 Pf
澤田浩史 Bs


***歌詞***

あぁ それが何時からか もう思い出せないけど
いつの間にか 貴方が居た 胸の奥の小さな部屋

もうずっと長いこと その部屋には誰かを
近づけても また離して
その場所さえ 忘れていた

寄り添ってく気持ちには 気付かないふりをして
いつも通り 笑い合ってじゃあまたね、って
でも一番聞きたくて聞き出せない一言は
どこまでも 秘そめて 隠して ためらって 包み込んで 
この手に忍ばせて

あなたには伝えない 今はまだ  はまだ
この指の隙間から 掴み切れず零れ落ちるまで
溢れ出し 溢れ出して とめどなく とめどなく
迸り 流れ出して 
愛の雨が 心零れるまで

何故飛び込まないの?と、きっと君は聞くだろう
気付いてるならどうして?このままじゃ何もならぬ、と

でも 静かなこの水面に ひと雫でも気持ちが
零れたら もう二度と止められない

そう 花は咲いてしまえば 散るまでのひとひらの夢
だからまだ このまま
抱きしめて 湛えて 暖めて
溢れてしまうまで

あなたには伝えない もう少し もう少しだけ
柔らかな愛の雨が 心こぼれ降り注ぐまで
出来るだけ 出来るだけ 込み上げるこの想いを
押さえても抱え切れず 溢れ出してこぼれ落ちるまで

寄り添ってく気持ちは いつまでも止められない ・・・
分かってる、このままじゃ居られない

そう 貴方の手のひらを暖めるのは 私だけ
だけどまだ この手は
儚くて 弱すぎて 分からなくて
壊してしまいそうだから

伝えたい 伝えたい けど今はもう少しだけ
柔らかな愛の雨が 心こぼれ降り注ぐまで
出来るだけ 出来るだけ 込み上げるこの想いが
渦巻いて 押さえ切れず 溢れ出して流れ落ちるまで

あなたには伝えたい でも今は でも今は
この腕で抱きしめても 抱え切れず零れ落ちるまで
溢れ出し 溢れ出して とめどなく とめどなく
迸り  流れ出した 愛の雨が二人濡らすまで

Lalalayle-a, Lalalayle-a....

ベランダでぱたぱた、と音がした。
蝉だ。
覗くと地面を這いつくばっている。

しばらくするとまた、ぱたぱた。
覗くともう裏返ってしまい、足が無益に泳いでいる。

掴もうとしても掴むもののない空。
だんだんと絶えていく命の行方を、香雪とじっと眺めていた。

ーーー

先日この辺りでは盆踊りがあり、少し時間が出来たので祭囃子に誘われて覗いてみることにした。

やぐらの上で浴衣の先生達が舞い、周りをひらひらと踊り歩く人々。腰がずいぶん曲がったおばあさまもいたり、見たことのない踊りを見よう見真似で体を動かす子供、浅黒く日焼けして盆踊りなんておよそ縁のなさそうな若者が先生も見ずに踊っていたり。文字通りの老若男女。

盆踊りを見て、寂しく哀しい気分になるのは初めてだった。

よくよく考えれば、盆踊りというものがそもそも、死者の魂を送る踊りなのだ。今までそれを意識したことは無かった。ベビーカステラやお好み焼き、ヨーヨー吊りの縁日の賑わいに騙されて。

ーーー

蝉の最後の足の揺らぎが止まった。冷たいコンクリートの上では寒かろう。香雪と土に戻しに、少し外へ出る。

雨が降り始めた。
このあと強く、降ってくるという。


夏目漱石の本名が夏目金之助だということを、まさか散歩の途中で出会ったおばあちゃまから教えてもらうことになるとは思わなかった。笑

香雪のお散歩中、向こうから歩いてきた、お料理ビギナーズの高木はつ江さんみたいなカワイイおばあちゃま。



あらまぁー可愛らしいわんちゃんだこと〜お名前は?と話しかけて来て下さったところから、何だか話が盛り上がり、どこからどうなったのかおばあちゃまの住んでいた街の話から大東亜戦争(!)でB29が頭の上を飛んでて最初は珍しくてみんなで眺めてたんだけどだんだん空襲が激しくなってきて栃木に疎開してねという話になり、その話の合間に

きんちゃんもね、わたしの実家の辺りの出身だったのだけど

と言われたので

きんちゃん?

ほら、ええと、、、、夏目漱石?

 Σ(・ω・ノ)ノ! Σ(・ω・ノ)ノ! Σ(・ω・ノ)ノ!

そのおばあちゃまのおばあちゃま、のご近所友達だったらしいマジカヨ

私は祖父母の縁には恵まれなかったのと、年齢的には祖父母達に生で戦争体験を聞ける世代なのだが母方に至ってはむしろ疎開先に選ばれるような、都会は戦争で食糧難だった時代にその辺の海で取れたふぐの刺身を普通に食ってたという田舎、戦争の話は聞いた事が無いに等しい。

そのおばあちゃまは早稲田あたりのご出身で、早稲田通りが神楽坂という地域を通っているということも初めて知った。とてもお話の上手な方で、立ち話で30分も話し込んでしまった挙げ句「なんだかお話が合いそう!うちに遊びに来ない?」と、おうちまで教えてもらって明後日遊びに行くことになりました。笑

「年を取ったせいか、昔のことばっかり思い出してねえ。戦争の話も本当は色々したいことがたくさんあるんだけど、息子達はめんどくさがって聞いてくれないのよ。」

聞きますとも。聞きたい話がいっぱいある。

しかし日常会話で神楽坂、とか早稲田、とか、鎌倉、とか高田馬場、という地名が飛び出してくるとつくづく、関東に越してきたなあ、と思うのです。



 

"迦陵頻伽"
かりょうびんが

殻の中にいるときから美しい声で鳴くとされる、仏教における想像上の生物。
美声の芸者や花魁を指してこの名で呼ぶこともある。

ーーー

踊っていること、歌っていること、弾いていること、が、その人にとって自然なことになるまでには、どれほどの時間がかかるんだろう。

あるいは迦陵頻伽のように、最初からそのように生まれ落ちるのか。

先週のアルテイソレラ舞踊団の公演、そして昨日の石川慶子さんの公演、どちらも劇場でのフラメンコ。

舞台で踊ることが、その人たちの普通。ご本人たちがどう言う気持ちで日々踊りに取り組み、どうやって暮らしておられるのかは、どれほど話し込んだとしても本当のことは知り得ない。が、踊りのために生きてるとか、踊らなきゃ生きてけないとか、生きるために踊るとかいった、そういう肩にリキの入った感じではなく、踊りが体から湧いてきて、そうならざるを得ない踊りや歌を演られた時、見ている方は、それが例えば初フラメンコ鑑賞だったとしても、息をするのも忘れる。

ーーー

ピアノに張り付くように弾く人がいる。ギターが体に最初から装備されて生まれてきたんやないかという人がいる。千手観音みたいなドラマーとかもいるけどそういう人はきっと、最初から千手観音の要素がある。

何やねん結局才能かいな。と言いたくなるけど、その通りだ。生まれついたものを選ぶ、というのは才能。何に生まれついたのかは、親ですら分からない。一つの人もいれば、複数の人もいる。

自分が何に生まれついたのかを、生きてきてあれこれ失敗したり選び損なったり、一回捨てた後でしもた、やっぱアレやったやん!て拾いに行ったらもう燃やされたあとでまた一から立て直したり、そうした生の道中で己を知りその道に足を踏み入れ、そこに腰を下ろす。

覚悟、ということなのかね。

尊かった。

得難い経験をさせて頂きました。

ーーー

つい最近、ふと歌を生業として以降の手帳を全部取り出して、やってきたライブを数えた。1,000本を余裕で超えてた。ほぼ全てが、自分のリーダーのライブ。

こうやって曲を自分で書いて
言葉を絞り出して
自分で弾いて
自分で歌ってきて幾星霜。

やってきて良かった。です。

ありがとうございました。



本日の公演は座・高円寺。
コンパクトで良い会場、入口の雰囲気もいいね、やる方も見る方もテンション上がる感じ。

あら?
赤い飛び道具があるよ?

↑このページのトップヘ